大人になって、自分で働いて、自分の人生を歩いている。
それなのに、ふとした瞬間に思うことがあります。
「お母さんに認めてもらいたい」
「お父さんに褒めてもらいたい」
「私の選んだ道を、間違っていないと言ってほしい」
もう子どもではないのに、どうしてこんなに親の反応が気になるのだろう。
そんな自分を見て、「いつまで親の顔色を気にしているんだろう」と情けなく感じることもあるかもしれません。
けれど、親に認められたいという気持ちは、大人になったからといって必ず消えるものではありません。
大切なのは、その気持ちを無理になくそうとすることではなく、
「私は、親に何を認めてほしかったんだろう?」
と、自分の心に目を向けてみること。
そこから少しずつ、親の評価と自分の人生を分けて考えられるようになるかもしれません。
親に認められたいと思うのは、おかしいことではない
子どもにとって、親や養育者はとても大きな存在です。
幼い頃は自分ひとりでは生活できません。
食事や住む場所を与えてもらうだけでなく、話を聞いてもらったり、褒めてもらったり、失敗したときに励ましてもらったりしながら、人との関わり方や自分自身について少しずつ学んでいきます。
そのため、親からどのように接してもらったかは、その後の自己評価や人との関わり方に影響することがあります。
もちろん、大人になってからの性格や生き方が、すべて親との関係だけで決まるわけではありません。
生まれ持った気質、友人や先生との関係、学校や仕事での経験、その後に出会った人たちなど、さまざまなものが私たちに影響しています。
それでも、
「もっと褒めてほしかった」
「もっと自分を見てほしかった」
「一度でいいから認めてほしかった」
という思いが、大人になってからも心に残っていることはあります。
なぜ大人になっても親に認められたいの?
親に認められたい気持ちの背景は、人によって違います。
ここでは、考えられるものをいくつか見ていきましょう。
自分には価値があると感じたいから
子どもの頃、親に褒めてもらったり、気持ちを受け止めてもらったりすることは、自分自身についての感覚を育てていく経験のひとつになります。
一方で、
「もっと頑張りなさい」
「そんなこともできないの?」
「○○ちゃんはできているのに」
「いい成績を取ったら褒めてあげる」
など、成果や行動によって評価が大きく変わる環境では、
「何かができる自分でなければ、認めてもらえない」
と感じることがあります。
すると大人になってからも、人から評価されることや何かを達成することによって、自分の価値を確かめようとすることがあります。
ただし、仕事を頑張ることや成功を求めることが、必ず親との関係から生まれているわけではありません。
大切なのは、
「私は何のために頑張っているんだろう?」
と、ときどき自分に問いかけてみることです。
子どもの頃に満たされなかった思いが残っていることもある
欲しかった言葉をもらえなかった経験は、大人になれば自動的に気にならなくなるとは限りません。
本当は、
「よく頑張ったね」
と言ってほしかった。
失敗したときには、
「大丈夫だよ」
と言ってほしかった。
何かができたときだけではなく、
「あなたはそのままで大切だよ」
と感じたかった。
そんな思いが残っていると、大人になってからも「今度こそ認めてほしい」と感じることがあります。
もしかすると求めているのは、今の自分への評価だけではないのかもしれません。
あの頃の自分が欲しかった言葉を、今も心のどこかで待っていることがあります。
親の価値観が自分の中に残っているから
子どもの頃から何度も聞いてきた言葉や価値観は、いつの間にか自分自身の考えのようになることがあります。
「安定した仕事に就くべき」
「結婚するのが普通」
「人に迷惑をかけてはいけない」
「ちゃんとしていなければならない」
大人になれば、親とは違う人生を選ぶことができます。
それでも何かを決めようとすると、
「こんなことをしたら親にどう思われるだろう」
という声が頭の中に浮かんでくる。
それは、長い時間をかけて親の価値観を自分の中に取り込んできたことが、ひとつの理由かもしれません。
親に認められたい気持ちは、なくしたほうがいい?
親に認められたい気持ちを、無理になくそうとする必要はありません。
誰かに認めてもらえたらうれしい。
大切な人に「頑張ったね」と言ってもらいたい。
そう思うこと自体は珍しいことではありません。
問題になるのは、
「親に認められなければ、自分の人生を肯定できない」
という状態になり、自分の選択まで親の評価に大きく左右されてしまうときです。
「認められたい」と「従わなければならない」は別のこと
本当はやりたいことがある。
でも、
「親が反対するからやめよう」
と諦めてしまう。
自分では幸せだと思っていたのに、
「そんな生き方ではダメ」
と言われた途端、自分の選択が間違っているように感じてしまう。
そんなこともあるかもしれません。
ここで覚えておきたいのは、
親に認められたいと思うことと、親の望む人生を生きなければならないことは別
だということです。
「認めてもらえたらうれしい」
そう思いながら、
「でも、私はこっちを選びたい」
と言えることもあります。
目指したいのは、親に認められたい気持ちが完全になくなることではなく、その気持ちがあっても自分で人生を選べるようになることなのかもしれません。
「認められたい」の奥にある気持ちを考えてみる
親への気持ちが苦しくなったとき、
「どうして私はいつまでも親に認められたいんだろう」
と自分を責める必要はありません。
代わりに、こんな問いを自分に向けてみてください。
「私は、親に何を認めてほしいんだろう?」
本当に欲しかったものは何だった?
仕事を認めてほしいのか。
生き方を認めてほしいのか。
頑張ってきたことを知ってほしいのか。
選んだパートナーを認めてほしいのか。
それとも本当は、何かを成し遂げた自分ではなく、
「そのままの自分を受け入れてほしかった」
のかもしれません。
「認めてほしい」という一言の中には、いろいろな願いが隠れています。
その願いを丁寧に見ていくことで、自分が本当に欲しかったものが少しずつ見えてくることがあります。
親からの評価と、自分自身の評価を分けていく
親の評価が気にならなくなることを目指すよりも、
「親はそう思っている。でも、私はこう思っている」
と分けて考えられるようになることが大切です。
「親はどう思う?」のあとに「私はどうしたい?」と聞いてみる
何かを決めるとき、無意識に親の意見を基準にしていることがあります。
そんなときは、一度二つに分けて考えてみましょう。
「親はどう思うだろう?」
そして、
「私はどうしたい?」
似ているようで、まったく違う問いです。
親が望む人生と、自分が望む人生が同じとは限りません。
そして、親の意見を聞くことと、親の意見に従うことも別です。
「お母さんはそう思うんだね。でも私はこうしたい」
「お父さんが心配する気持ちはわかる。でも私はやってみたい」
そんなふうに、親の考えを否定せず、自分の考えも大切にすることはできます。
自分の経験を、自分で認めてみる
親から欲しかった言葉を、必ず親本人から受け取らなければならないわけではありません。
「あのとき、よく頑張っていた」
「本当は怖かったよね」
「誰にもわかってもらえなくて寂しかったよね」
「それでも、ここまで生きてきた」
誰かに言ってほしかった言葉を、自分自身に向けてみる。
最初はしっくりこないこともあるでしょう。
それでも、自分が経験してきたことや感じてきたことを自分で認めていくことは、外からの評価だけに頼らない感覚を育てていくひとつの方法です。
親の価値観は、親自身の人生から生まれたもの
親の言葉が、いつも絶対的な正解とは限りません。
親もまた、自分が育った家庭や時代、経験の中で価値観をつくってきた一人の人間です。
「安定した会社に入りなさい」という言葉の奥には、親自身がお金で苦労した経験があるかもしれません。
「結婚したほうがいい」という言葉には、その世代で当たり前とされていた価値観が影響しているかもしれません。
そう考えてみると、
「親がそう言う=私の生き方が間違っている」
ではないことが見えてきます。
親の言葉は、親が歩いてきた人生から生まれたもの。
そして、自分には自分の人生があります。
それでも、親に認めてもらえないことはある
少し苦しいことですが、どれだけ努力しても、自分が望んでいた形では親から認めてもらえないこともあります。
「もっと成功したら認めてくれるはず」
「ちゃんと説明すれば理解してくれるはず」
「いつかわかってくれるはず」
そう思いながら、ずっと頑張り続けてしまうこともあるでしょう。
けれど、親の考えや価値観を自分の力だけで変えられるとは限りません。
過去をやり直すこともできません。
だからこそ、
「親から欲しかったものを、これからの自分にどう与えていくか」
という視点を持つことも大切です。
それは、親を嫌いになることでも、関係を断つことでもありません。
認めてほしい気持ちが残っていてもいい。
「わかってほしかった」という寂しさが残っていてもいい。
その気持ちを否定せずに、自分の人生の評価を少しずつ自分の手に戻していく。
そんな距離の取り方もあります。
親に認められたい気持ちが消えなくても、自分の人生は選べる
大人になっても、
「親に認めてほしい」
と思うことはあります。
何歳になったら、その気持ちが完全になくなる。
そんな明確な境界線があるわけではありません。
だから、「まだ親に認められたいと思っている自分は自立できていない」と決めつける必要もありません。
大切なのは、
親に認められる人生を生きることと、自分が納得できる人生を生きることは、必ずしも同じではない
と気づくことです。
「認めてもらえたら、うれしい」
でも、
「認めてもらえなくても、私はこれを選びたい」
そう思えるものが少しずつ増えていけば、親の評価は人生を決める「答え」ではなく、ひとつの意見として受け止められるようになるかもしれません。
親に認められたかった自分を、無理に卒業しなくてもいい。
その気持ちも自分の一部として抱えながら、
「私は、私の人生をどう生きたい?」
と問いかけていく。
親がどう思うかではなく、自分はどう感じているのか。
親が望む人生ではなく、自分はどんな人生を生きたいのか。
少しずつ自分に問い直していくことが、人生の軸を親から自分へ戻していく一歩になるのかもしれません。
